徒然に(5) 賢人に学ぶ(三)

 もう一つのディストピアSFに、ジョージ・オーウエルの『1984年』(1949刊)がある。17歳の時に読んで、こんな恐ろしい世界はごめんだと強く思った。

 高校2年、夏休みの英語の宿題で、オーウエルの『Animal Farm(動物農場)』(1945刊) 数十ページ分を「和訳せよ」が出された。悲鳴とともにひどく汗をかいた夏だったが、この宿題のおかげで英語力がずいぶんアップした。ただ、私の英語力は高校卒業までで、その後はほとんど無為に終わった。

 『動物農場』は、性悪な農場主(人間)を追い出し、動物たちが協力し合って理想社会を作ろうと努力するが、しまいには指導する豚が独裁者に変わり、恐怖農場になるという物語。民主主義が全体主義権威主義へと変貌し、あるいは独裁に逆戻りする危険を描いた寓話である。ロシア革命を経て、その後スターリンが敷いた専制国家を寓意、揶揄したものと受け止められた。

 この『動物農場』に興味をかき立てられて『1984年』を読んだのだった。50年余を経て詳細な内容は思い出せないが、その後のデジタル通信技術の急速な進歩が、『1984年』を思い起こさせた。

 第三次世界戦争(核戦争)後、世界は三つの超大国に分断され、その一独裁国家オセアニアの都市ロンドンに住む下級役人ウインストン・スミスを主人公とした物語。市民は「テレスクリーン」という双方向テレビジョンと、町なかに仕掛けられたマイクで常に監視されている。主人公が体制に疑いを持つようになり、真実を求めて行動するが、張り巡らされた密告システムと思想警察によって最後には露見し、洗脳され、党の思想を受け入れてしまう。救いのない物語だが、冷戦下の英米でたくさん売れたという。

 ウインストンが所属する「真理省」は、日々歴史記録を改ざんし、常に党が正しいというプロパガンダを流している。「平和省」は軍事が任務で、“平和のために” 戦争を続けている。「豊富省」は欠乏が続く食料や物資の配給と統制、「愛情省」は警察権を持って反体制分子を取り締まり、真理省とともに「思想と良心の自由」を奪い統制にあたっている。どこかの国を連想してしまうが、他人ごとにできない懸念が身近にもある。

 デジタル通信網が張り巡らされ、ネットにつながったテレビ、スマホ、パソコン、カード決済などでビッグデータ化される現代の管理社会を、監視カメラが町中にセットされた今の世界を、ジョージ・オーウエルはタイムマシンで見に来ていたのだろうか。

 今にしてぞっとする未来予測だった『1984年』は再読する必要がある。