果樹の有機栽培
私は2011年に農学校を退職して新規就農した際、個人の活動として「有機農業の技(わざ)研究所主宰」を名乗ってきた。有機就農者を育てる活動のかたわら、健康的な作物を育てる栽培管理法を探求し、だれでも取り組めるような実際的な有機技術の開発に取り組んできた。
過去30年余、主課題は野菜の有機栽培法だったが、内心では野菜以外の農作物にもチャレンジしてみたいと、ずっと温めてきた目標があった。果樹の有機栽培である。何のことはない、おいしい果物を食べたい、自分で育ててみたい。それが動機である。果樹栽培そのものはほとんど素人だが、やむにやまれず5年前に着手した。
ブドウ、キウイ、イチジク、カキを数本ずつ植え、整枝剪定の試行錯誤を行いつつ、無農薬栽培の可能性を探ってきた。結論を先に言えば、どれも有機栽培は十分に可能だと思われる。要点は「収穫物の姿かたちを慣行のそれに真似ず、有機果物としてのオリジナル形質を主張する」ことである。
4種の中でもっとも有望なブドウは、果房を必ずしも逆三角形としなくてよい。ジベレリン処理しないからタネ(種子)が残り、果粒もやや小さくなる。ジベレリンはタネ無し化とともに果粒肥大の効果もあるが、結果的に食味にも影響を及ぼす。慣行市販のシャインマスカットはとても美味しいが、ジベレリン処理によって本来のシャインマスカットとは若干違った味をもたらしている。有機栽培ブドウは、だから「本来の味とタネを残す」ブドウなのだ。
ブドウは当面、施肥を必要とせず、雨除けハウス内で丁寧な整枝剪定と果房への傘かけ、または袋かけだけで、着果房のほぼ8割以上を製品にできそうである。4品種を試作中であるが、品種特性もあるので、有機栽培の向き不向きが課題になるだろう。ちなみにシャインマスカットはとても作りやすい品種だった。高い人気を支える理由の一つかもしれない。
イチジクは茎に穴を開けて産卵するカミキリムシ対策が主課題だと分かった。カキは病害虫全体の状況が私にはまだよく分からない。キウイは整枝剪定と摘果が適切であれば容易だ。いずれもあれこれ試行錯誤がチョー楽しい!
国内産有機農産物の現状は大半がコメと野菜であるが、需要はもっと多岐にわたる。有機コムギ・ダイズ、有機畜産物、有機茶、有機くだもの、オーガニック・フラワー、有機工芸作物などへと、どんどん対象拡大が求められるだろう。農業現場はそうしたニーズに積極的に応えなければならない。
私の試行錯誤が、すぐ先の有機農業展開に少しでも役立ってほしい。そう思って、もうしばらく続けよう。借地はあと5年の契約である。

要注意・・・「歴史的圧勝」の意味
高市首相の独壇場による「異例ずくめ」の総選挙は、自民党の圧勝で終わった。
本日の朝日新聞・オピニオン&フォーラム欄で、長谷部恭男早大教授×杉田敦法政大教授×加藤陽子東京大教授の3人が、表題のテーマで語り合っている。とても興味深い内容であり、以下に要点を抜き出してみた。
衝撃的結果に終わった総選挙は、杉田「米国などと同じ現象が起こったとも考えられます。高市早苗首相が連呼した『日本列島を強く豊かに』は、トランプ大統領の『Make America Great Again』と同じで中身は不明だし、『責任ある積極財政』も、なんとなく消極より積極の方がいいねと」と解析し、長谷部「高市さんは今回、アイドル(偶像)として選挙を戦った。それができたのは、首相としての実績がゼロに等しいから」とした。加藤「国論を二分する気満々のアイドル……。私は今回の解散は、高市さんが政治家として弱いがゆえに行われたとみています。……自分が疲弊するから土俵を変えたいという実に後ろ向きの動機で、解散権という強大な刀を、異例ずくめの悪辣なやり方で抜いた」と批判。
恐ろしいのは、強大な力を手に入れた高市首相率いる政権の今後のふるまいである。
加藤「今後、高市さんはスパイ防止法の制定や非核三原則の見直し、憲法改正も進めようとするでしょう。たいへん危惧しています。……憲法改正が日本の内政上の施策だと考えるのは間違いで、アジア太平洋全域の国際秩序に重大な改変を加える行為だと、他国からは見えているという自覚が必要です。……発言の軽さは首相としての資質を疑うレベルです」と重大な危惧を表明。
杉田「警戒すべきは、経済の危機から国民の目をそらすために、外に『敵』をつくり、ファイティングポーズをとってみせる、まさに今トランプ大統領がやっているようなことをなぞりはしないかということです。……『ミニトランプ』を止められるのは世論しかありません。……19世紀末にフランスの社会心理学者ギュスターブ・ル・ボンは、根拠がなくても断言する政治指導者は人気を博し、さまざまな留保をつける人は弱い政治指導者としか見られない、大衆は留保を『弱さ』と見ると喝破しました」
ポピュリズムが社会を覆い始めたことについて、私の懸念を裏付けてくれた。
高市首相のいう「責任ある積極財政」について、長谷部「『無責任な積極財政』です。『ニュースピーク(新語法)』なんですよ、これは。ジョージ・オーウェルの小説『1984』で、独裁者が国民に植え付け、復唱させたスローガン『戦争は平和だ』と同じです。……積極財政を進めれば円安になって物価は上がるし、長期金利が上昇して住宅ローンの金利も上がる。人々の生活にとっていいことは全くないはずです」
連立を組む維新の大阪都構想についても、杉田「このように自分たちの主張が通るまで何度も民意を問うことは、歴史上、ルイ・ナポレオンをはじめとする独裁者たちが好んだやり方でした」・・・自維連立の独裁性を厳しく監視する態度が肝要である。
NPO気候ネットが温暖化防止政策で政党評価
高市首相の暴走で国会開会冒頭解散、戦後最短日程の総選挙に国民が振り回されている。「私が首相でいいか」の選択選挙だと白紙委任を迫るやり方は、大勝が予想される自民党の、選挙後のさらなる暴走を予想させて恐ろしい。
▶ 選挙公約、目先のことばかり
各党の街頭演説は消費税減税や社会保険料減免など、目先の経済対策にばかり注目が集まり、ポピュリズムの競演と化したかのようだ。消費税減税の財源をどこに求めるのか。
明確に財源を示しているのが共産党だ。安部政権以降に進められた4度に及ぶ法人税減税を元に戻し、1億円の壁と言われる高額所得者の所得税率を上げよと主張。「タックス・ザ・リッチ。金持ちから税を」に明らかな理がある。
▶ NPO気候ネットが、地球温暖化対策についての各党の公約を評価したネット記事に目を止めた。
参政党は最低、自民・国民・チームみらいも残念、共産・れいわは最高―温暖化防止政策の各党評価(志葉玲) - エキスパート - Yahoo!ニュース
このタイトルがすべてを物語っている。①パリ協定に基づいた温室効果ガス削減目標 ②脱石炭と火力政策 ③水素/アンモニア混焼による火力延命策を認めないこと ④再生可能エネルギー活用 ⑤脱原発
以上の5課題すべてで、共産党とれいわが25点満点だった。参政党は-5点、自民、維新、国民は-1点だ。「今だけ、金だけ、自分だけ」と言われる政治状況は未来を危うくする。未来社会と地球環境を健全に保とうとする政策が、もっと大きく語られなくてはならない。
▶ もう一つ、本日2月5日の朝日1面記事に目を止めた。
またまた国政選挙の争点と化した外国人政策に関して「冷静な議論」を促す記事だったが、私は別の視点で気になったのだ。
日本に住む在留外国人は396万人で、うち就業者は250万人だという。全就業者の3.7%(27人に1人)だ。おいおい、基幹的農業従事者の2倍以上じゃないか。農家は全就業者の1.6%以下、105万人しかいない(2025年)。農業センサスによれば、前回調査から25%も農家が減ってしまったのだ。
在留外国人が多すぎるとは思えない。8がけ社会を迎える日本にとって、外国人の力がこれまで以上に必要になる。共生が重要課題である。それにも増して食料生産の重要性、農山漁村地域の担い手激減という重大問題も、選挙の争点にしてもらわないといけない。
農業予算の大幅拡大で、農家を育てよう! と街頭で語ってほしい。
熊の出没増加の背景に・・・
郷里の兄も熊に遭遇したという。兄は軽トラの運転席だったので、襲われずに済んで幸いだった。9月の帰郷時、兄と見に行った家の畑には、多数の熊の足跡があった。こんなに頻繁に出没するのは近年の傾向で、私が郷里を離れた15歳までは、村に熊が下りてくるなど耳にしたことはなかった。

人里に熊がこうも度々現れるのは、いくつかの要因が重なっている。①山の実りが不安定になって餌が極端に不足した、②人里に魅力的な食べ物がたくさんあることを覚えた、③獣たちの世界と人里との境界線があいまいになり、人間を恐れなくなった、などである。
熊対策は単純には語れない。①は気候危機と密接にかかわる課題。②は熊の生息数そのものが増えたことと関わりがあるという。私が特に気にかかるのは③の課題だ。それは、農山村の人力低下のことである。
「問題のおおもとには人間の活動の縮小がある」(羽澄俊裕氏、朝日新聞12/14)。これは、農林業の衰退がもたらしたものである。農家や林業従事者が激減して、熊と棲み分けるための行動が十分できなくなったのだ。例えば、里山と集落との境界付近の草刈りができなくなったことが熊の接近を促したと、たびたび指摘されている。
東京農工大学教授の小池伸介さんも「過疎化で人への警戒心低下」を指摘し、「専門人材育成と配置が急務」だと述べている。「都道府県の鳥獣担当の職員で大学時代に野生動物管理を学び知識を持っている人は6%もいません。市町村はもっと低くて、鳥獣もやるし農業も林業も観光もやっている状態です。当然、野生動物の専門知識は知りません。・・・何をしていいかわからないのです」「2019年に日本学術会議が環境省に答申しています。人口減少社会で野生動物と向き合っていくにはこういう職員(専門知識を持っている人)を配置しなさいと」
農家や林業者の経験的知識を持っている人を減らさないこと、過疎化を食い止めることがまずは重要で、そのためには農林業の振興が土台になる。深刻化する環境問題が背景にあって、農村人の伝承的な対応力だけでは難しいとすれば、もう一つの課題が野生動物管理のスペシャリストの配置であろうことは現場の人々はみな「そうだ」と言うだろう。
猟師が高齢化し、減っている。多くの猟師は農家や炭焼き、杣人(そまびと、きこり)だった。自営業者であることがこうした対応力の源泉だった。自給自足を満たす多様な技術技能の習得と伝承が、広範な行動を可能にした。「自然とどうつきあえばいいかの作法を心得ている」(朝日12/22) 人々の存在を再評価できる社会であってほしい。
茨城の農、崩壊を食い止めるために
2025年農林業センサスの結果に、私は予想を超える衝撃を受けた。11月28日、農林水産省の概要発表を見てのことだ。
全国の農業経営体数(概数)は、82万8千で、10年前(2015)の137万7千から54万9千の減、40%の減少である。農家がたった10年で4割減ったなどという事態が、歴史上、この国にあっただろうか。
基幹的農業従事者は、10年前の175万7千人から、2025年は102万1千人へと73万6千人(42%)も減少してしまった。42%の減少スピードが続くと仮定すると、10年後は59万2千人、20年後は34万3千人となり、日本の農はほとんど壊滅状態となる。(農水省は17~18年後に30万人大勢と予測、減少スピードは現状より加速すると見込まれる)
私が住む茨城県も、事態はほぼ同じだ。10年前の57,989経営体が33,386へと42%減少し、基幹的農業従事者は5年前(2020)の57,496人から42,598人へと14,898人の減少(25.9%減)だった。年3,000人の減少は恐るべき事態である。

これまで、私は、茨城県の農業規模を維持するためには「新規就農者が毎年2,000人必要だ」と言ってきた。近年の新規就農者数が200人規模だったので、「現状の10倍の就農者育成を」と呼びかけたつもりだった。2020年までの農家減少の状況からそのように判断したからだったが、実態は、私の予想をはるかに超えていた。年3,000人の新規就農者を育成しないと、茨城の農は現状を保てないのだ。
課題は就農者育成の体制整備である。そのための大規模な予算化である。
農業教育の充実はもちろん、もっとも重要なのは「農に関心を寄せる潜在的な多くの人々」に就農を呼びかけ、その可能性をきちんと伝え、研修と就農へ、さらには就農後の経営安定まで国と自治体が連携して手厚く支援する体制の整備と充実が必要である。
国の農業予算の抜本的な拡充が必要であることは言うまでもない。
たまたま昨日12月18日、私が事務局を務める笠間・城里地域有機農業推進協議会は、2名の研修希望者を面接した。37歳と28歳の男性二人を、年明けから2年間の研修生として受け入れる。人を育てる活動は大きな人的エネルギーを必要とするが、それを超える喜びがあるから続けられる。(12月19日)
日本国憲法前文 ――― この国のかたち
またまた朝日新聞の多事奏論から。12月13日は、いつも舌鋒鋭い高橋純子さんの「台湾有事発言の首相へ … 憲法前文を背骨に」だ。
「はてさて今年の新語・流行語大賞。『働いて×5』は全く流行していないし、『ワーク・ライフ・バランスを捨てる』とセットだったことを忘れたとは言わせない。過労死弁護団が撤回を申し入れたことを知らぬはずはなかろう」と、大賞主催者にチクリと刺した。(主催者に加わったT&D保険グループの影響かも、と指摘する声が別にある)
「そんなことより・・・中国との緊張が高まっている。・・・台湾有事をめぐる『どう考えても存立危機事態になりうる』は即座に、中国から抗議を受ける前に、自ら撤回すべきだった」「自国防衛の最大級のリスクは、政治リーダーが暗愚であることだ」
「この先、中国に融和的な姿勢を示そうものなら、『弱腰外交』『媚中』批判が湧くだろう。将来にわたって外交の手足を縛ることにもなりかねない。この道はいつか来た道? 首相の罪は重い」「今回何より問わねばならないのは、日本国憲法という背骨が、高市早苗という政治家に通っているかということだ」「それは、過去に侵略戦争を行い、隣国に多大なる被害を与えた敗戦国であるという歴史をちゃんと背負って立っているのかという問いでもある」
88年前、1937年12月から翌年の3月にかけて、日本軍が南京事件を起こした。多数の一般市民、捕虜、敗残兵を虐殺し、市民に対して略奪、放火、強姦など暴虐の限りを尽くした。死亡者数は20万人以上(東京裁判)。中国政府は30万人としている。この事実を中国人は決して忘れないだろう。
・・・政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し・・・
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
・・・日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

米の価格 高すぎるとは思えない
新聞の投書欄に、農家から次のような訴えがあった。
「米の値段が高すぎて買えない。そんな声を聞くたび何か嫌な気持ちになる。消費者がそんなふうに思うのは、米なんか安いものだという思い込みがあるのではないか。米が安すぎる値段で売られていた状況しか知らない若い人たちにとっては、特にそんな思いがあるのかもしれない。
地元の郷土誌に、1951(昭和26)年9月に母屋の屋根替えをした人の記録があり、職人さんの手間賃が約400円、米価は60キロで2812円だったという。この時の日当を米に換算すると約8.5キロとなる。高いといわれる今の米価の方がまだ安い。―― 今の日当は相場で約17000円。 当時の米価を今に換算すると60㎏12万円相当になる。 5㎏10000円。 今の2.3倍だった (筆者計算)――
80年代ごろ、減反政策下での生産者米価交渉や、農産品の輸入自由化をめぐり、米農家の苦境を訴える報道も多かった。当時はマスメディアにも農家の子が多くいたのか、国際競争力うんぬんを説く昨今と違って、農家に対する記事に思いやりが感じられた。
米の価格は数十年も抑えられ、さらにここ近年はひどい値下がりで、汗だくで働いたにもかかわらず、労務費をゼロにしても赤字となっていた。経済原理で退場を余儀なくされた農家の怨嗟を、消費者は少しでも考えたことがあるだろうか」
この声を、日本国民は心して受け止めてほしいと思う。
農家がどんどん撤退して農村が衰弱していく現状の先には、すべての国民の「食といのちの危機に直結(菅野芳秀氏)」する事態が予想されるのだ。「いよいよ農業の世界は切羽詰まってきた(同上)」と危機感を抱く人が増えているのはごく当然なのだ。
農家と消費者を対立させてはならない。ともに未来を見すえて、より良い社会をつくるためにも、農と食の安定的なあり方をしっかり議論する必要がある。基盤となるのは農と食をしっかり支える農政のあり方だ。農を支える所得補償があれば、消費者にもやさしい適正な価格を保障できる。
来春また「百姓一揆」が計画されるという。必要だからだ。私もまたためらうことなく参加する。