環境問題と農業(1) 農業は環境に何をしたのか(その十)

 現代人が未来人のために残すべきものに、地下資源のことがある。現代の繁栄は鉱物資源の先食いに依るものであり、未来人からはその罪を糾弾されるにちがいない。農業について言えば、肥料資源のリン鉱石カリウム原石などについて、いずれきっと責任を問われるだろう。

 もう一つ、特に日本人が知らなくてはならないものが「水」のことである。

 日本が世界中から買い漁っている食料、家畜飼料などの農産物には一定量の水分が含まれている。その作物が育つ過程でさらに大量の水を使っている。私たちはこうした農産物輸入によって世界中から「真水を奪っている」のだ。バーチャル・ウオーターという。

 20数年前、JICA(国際協力機構)の依頼で南米チリとパラグアイに派遣された。青年海外協力隊員の現地指導として、東京農業大学八ヶ岳中央農業実践大学校の先生と3人で2週間の旅だった。チリは当時ひどい干ばつ。大地は乾ききって草は枯れあがり、歩く足元で土埃が舞った。協力隊員指導の途中でワインブドウの畑を案内された際、経営者が「水不足でブドウが枯れる恐れがある」と厳しい顔で話してくれた。

 日本はチリから大量のワインを輸入している。結果的に、かの国から貴重な真水を収奪していることになる。チリでのこの経験は、輸入農産物すべてに関わる「水の問題」に思い至る契機となった。日本人の一人として、その責任を自覚できたことを奇貨と思う。

 アメリカの穀倉地帯は深層地下水に依存している。この地下水が涸れ始めている。1500年かかって溜まった水を、その9倍の速度で汲み上げて農地に散水している。すでに100年近く利用して過半の水が消費された。あと数十年で涸れ上がるというが、完全に涸れる前に穀物栽培は破綻すると分かっている。日本は近い将来、アメリカから穀物を買えなくなるのだ。このことは、ブラジルやオーストラリアなどにも通ずる問題であり、日本は食料輸入が不可となる日を覚悟しなくてはならない。国内自給が未来人の命に直結する大課題なのだ。

 気候危機により、世界各地で厳しい干ばつに見舞われるようになった。関連して大規模な山林火災が各地で頻発している。アマゾンの奥地で大河の水が減って河イルカが死に、中国で大きな湖が干上がって漁船が船底をさらしている映像が流された。世界中で真水の危機が言われる今、農産物輸入大国日本は「水収奪」の責任を自覚すべきだし、巡りめぐっていずれ私たちの食卓を直撃すると心せねばならない。

 20数年前、私は喫煙者だった。ブドウ園で何気なくポケットから煙草を取り出したとたん、園主にきつく咎められた。屋外で火は禁物だ、と。恥ずかしかった。決意して禁煙できたのは、やっとその数年後だった。

センターピボット:アメリカ、深層地下水を使う円形農地