有機農業とその技術(4) 技術の自給(その四、育苗)

 近年、育苗と栽培の分業化が進んで、自家で苗を育てずに購入する農家が増えてしまった。育苗の手間を省こうというのだろうが、結果的に苗づくりの技術が農家の手から奪われつつある。苗を買うのは主にトマトやナスなど果菜類水稲苗を農協に委ねてしまう例もある。自分で作れない農家が、苗の良し悪しが分かるだろうか。販売業者の求めるがままに金を払うことになる。

 有機農家は、農外からの新規参入者が多い。そのため、技術の習得は既存の有機農家に弟子入りして習得する。新人研修に前向きな有機農家は、その多くが 自家育苗 している。教え子は育苗技術をきちんと習得し、就農後も自分で苗を育てることができる。多品目生産の有機農家で教われば、教え子も多品目対応のノウハウを身に付けられる。

 ところが、有機農家でも苗を購入する事例が現れた。慣行農家から転換した有機農家、あるいは果菜類を施設栽培する単作経営の有機農家 (近年増えてきた) などだ。特に後者は、連作障害回避のために接ぎ木苗を購入するのだ。すなわち接ぎ木技術を身に付けず、育苗業者にすべて委ねて高価な接ぎ木苗を「買わされる」。自ら育苗しないで、責任をもって生産したと胸を張れるか。

 何とか自家育苗を守っている農家でも、育苗用土を購入して済ませる事例がとても多い。有機農業でもそうした事例があって気がかりだ。苗床の土を業者に委ねるということは、その土の由来を気にしないということ。「用土」とはいうものの、本当に「土」なのかどうかも疑わしいものが多いのだ。そんな育苗用土?が一般化して流通している。育苗に使えば「疑わしい用土」が苗定植によって自家農地に持ち込まれるのだ。それでいいのか。

 苗床の土は、身近な地域資源を使って自家製造する技術を持つべきだ。苗床の土もきちんとトレースできて、農産物消費者に自信を持って説明できるものでありたい。技術、資源、コストを、安易に業者の手に委ねるべきでない。

 種子生産は外国に依存し、苗はなんとか国内ながら育苗業者に依存するようになり、農家はただ自家農地に植えて収穫するだけ。そんな風潮が一般化することを以って「もうかる農業」の進展だとするのであれば、それは自滅の道ではないか。経済主義がそうさせているならば、農の文化の敗北ではなかろうか。

 種子を一粒ひとつぶ自らの手で自作用土に蒔き、その健全な生長を毎日見守り手をかけて育て上げ、成苗を田畑に植えて停滞なく健やかに育つさまをずっと見守る。種子から育てた作物の一生を知る、そういう農家が大勢であってほしいと、そう思う。

 接ぎ木技術のことは、次回の話題にする。

育苗したナス苗。鉢土は野菜くずと雑草で作った堆肥。健やかに育った。 苗の姿がちょっと違うのは、左は苗床の端 (外縁部) で育ったもの、右は苗床の中央で育ったもの。風通し、鉢土の乾湿の差が苗の姿に現れる。