農と暮らしの技(2) 肥土(苗床の土)

  「土を肥やす」と、昔の人は言った。“肥えた土が作物を育てる” という考え方がかつては一般的であったことの証明だ。土づくりのことである。

  「苗半作」という格言があるように、育苗の出来が重要視された。だから、苗床の土(育苗用土、床土)をしっかり作って “肥土” と呼んだのである。

 私の生家は、1960年代から葉タバコ生産者だった。3月上旬に1m近く残る雪をどけて家の前に踏み込み温床を作って育苗した。夏になるとせっせと葉を収穫し荒縄に一枚一枚差し込んで吊るして干した。その頃、ビニールフィルムが普及し、丸木や竹で骨組みして夏場だけの簡易の乾燥場を作った。

 温床は稲ワラ束の間に米ヌカを挟んで踏み込み、その上に “肥土” を数センチ乗せて種を蒔く。タバコの種子は極小なため、細かくすりつぶした土で増量して蒔いた(幼少だった私はただ見ているだけだったが)。発芽した苗もごく小さく、ピンセットで抜き取って鉢上げ。このあたりの作業から私も参加した。この鉢、薄い木の板 “経木” を組んだ鉢だった。経木鉢は縦横高さ1寸五分ほどの底なし、切込みに沿って折り曲げて、真冬に数万個を作る作業。子どもも加わって家族総出だった。夏の葉の乾燥作業も子どもが大いに活躍した。農村では夏休みの子どもは区別なく「農業従事者」だった。

 そのころの肥土の材料については、私には記憶がなかったので兄に聞いてみた。「落ち葉を雑菌のいない赤土と混ぜて2年ほどかけて腐熟させた」「山上の貯水ダムに溜まった落ち葉を分けてもらった」という。早ければ11月から雪が積もり、積雪3~4mになる豪雪地帯では落ち葉を集めることができない。落ち葉を使う肥土の作り方は、おそらくたばこ専売公社 (現日本たばこ産業) の指導だったのだろうと推察する。踏み込み温床で腐熟させた稲ワラ堆肥を混ぜて作ることもあったと兄は言う。

 肥土の作り方については、地域ごとに材料はそれぞれ少しずつ異なるようだ。農学校で働くうちに、いくつか肥土の例を知った。もっとも一般的な方法は広葉樹の落ち葉で作る “腐葉土” で、これに赤土 (畑または草地の地下5~60cmから掘り出す) 、または田土を混ぜて作られた。腐葉土だけを使う例、松葉の腐葉土を使う例、家畜糞も混ざる一般的な堆肥をふるって使う例、雪国では稲ワラ堆肥に赤土や田土を混ぜる例もあったようだ。

 田土は畑土より栄養豊かで畑雑草の種子がない。肥土に適する材料だ。

腐葉土

 

 稲刈りを終え、秋の一連の始末を終えた後、晩秋までに翌春使う肥土を作り終えておくことが恒例だった時代の、農の文化の一つ。育苗用土を購入することが一般的となった現代の農民は、作る技術も身近な資源を見る目も、そうした文化を尊重する態度も失いつつある。