有機農業とその技術(5) 技術展開(接ぎ木、その二)

 “接ぎ木” は、元は建築用語だった。柱や梁を繋ぎ合わせる部分を接ぎ木といった。果樹栽培で土壌病害に強い同種または同属の台木に接ぐ技術が生まれ、その後は野菜や花木、サボテンなどに応用されるようになって、今に至っている。

 接ぎ木のもっとも顕著な貢献は、果樹の繁殖に使われていることだ。例えばリンゴの品種「ふじ」は、1939年に青森県で国光(母)とデリシャス(父)の交配でできた2,004粒の種子の一粒から育った。12年後の1951年に実を結んだ1本の木がそれだ。この木の枝を耐病性台木に接いで苗を作ったり、他品種の木の枝に “高接ぎ” して品種更新したりして「ふじ」をどんどん繁殖させたのだ。

 今や「ふじ」は世界的に最も高名なリンゴとなり、韓国のリンゴの80%、ブラジルのリンゴの50%、全世界のリンゴの20%を占めるという。すべて接ぎ木で増やしたのだ。

 野菜の接ぎ木は土壌病害対策が主だが、ねらいは他にもある。例えば ①ナス、キュウリでは収穫期間が伸び、収量が増す。台木品種の肥料吸収力が強くて生育が促されることによる。②収穫する品種より低温伸長性に優れる台木を使うことで、寒冷期にもよく育つ。暖房経費を抑えられる。③台木カボチャ品種によってキュウリ果実表皮のつや(照り)が良くなる、などだ。

 キュウリなどのウリ類のほか、リンゴやミカンなどが果実表面に白い粉を吹くことがある。これを果粉(ブルーム)という。キュウリにこれが出ると収穫の際に手指の跡が付く。見た目によくないとか、かつては果粉が農薬の跡だと疑われたこともあって、粉が出ないブルームレス・キュウリが求められ、後に台木のカボチャ品種の研究でこれを実現した。一方で、接ぎ木しなくても粉を吹かない品種、さらには “いぼ” のないキュウリ品種の開発まであって、今や何がなんだかよく分からない時代になった。

 果粉は果実表面の水をはじく、紫外線や害虫から自身を守るためなど、本来は植物の自衛手段なのだ。果粉を排除すると、キュウリは別の自衛策として果実表皮を硬くするので、一部消費者から「昔の粉の出るキュウリがおいしい。ほしい」の要望がある。これまでの有機農業では、そうした生態や食品性を重視して接ぎ木しないキュウリ栽培が多かった。土壌病害は輪作で対処し、商品性より食品性、自然現象の理解などをもとにする農業観を大事にしてきたのだ。

 今後、有機農業の進展では接ぎ木技術は必然と思われるが、そうした科学的な判断、エシカルな農業観を大事にできるかどうか、そこが焦点になるだろう。