環境問題と農業(1) 農業は環境に何をしたのか(その五)

 生物種の絶滅は、私たちのくらしにどのような影響があるのか。

 直接的には生物資源、遺伝子資源の減少のことがあるが、もっと根本的な問題として「野生生物種の減少が進むことにより、密接に関わり合った様々な生物種の相互関係により成り立っている地球環境が崩壊し、人類の生存そのものが危うくなる」(山形大学環境保全センター)ことがある。

 一例をあげてみよう。樹木や草花、果樹や野菜などの花粉を運ぶ「花粉媒介昆虫(送粉者)」の減少が危ぶまれている。花バチ類が主役だが、花アブ、チョウ、甲虫のハナムグリなどもいる。今世紀初頭からミツバチの激減が世界各地で話題になったが、個体数の激減はミツバチに限らない。ミツバチをはじめとする花バチ類は、日本だけでも400種を超えるそうだが、個体数減とともに種の絶滅が進めば山野の植生に重大な影響が及ぶ。

 近年、クマやイノシシが町中に出没するニュースが多い。原因は複雑だが、1要因は山にエサが不足することもあるようだ。例えばドングリの不作が話題になる。ハチが減って受粉が不十分なのではないか。花バチ類の減少はドングリのそれに止まらないだろう。さまざまな植物に影響が及ぶはずだ。

 送粉者の農業への経済効果(送粉サービス)が試算されている。農業環境技術研究所による推定では、2013年時点で4700億円(うち3300億円は野生昆虫による)、作物栽培農業生産額の8%だという。円安が進んだ今なら7000億円相当。全世界のそれは57兆円(今なら85兆円くらい)になる。すなわち、昆虫世界の大異変は、そのまま農業への大きなダメージになるのだ。

花バチ類は、わが国に400種以上いるが、確実に数を減らしている

 わが家の庭に数種のバラがあって、5月になるとたくさん咲きほこる。以前は、バラの前に10分も立っていると数種~10種くらい、大小の花バチがたくさんやってきた。名を知らない3~4mmの小さなハチから、日本ミツバチ、大きなマルハナバチやクマバチ、花アブまで次々と飛来して、見ていて飽きなかったものだ。それが、10年くらい前から数が激減した。4年前、好天の日の午前なのに、1匹も来ない日があった。いよいよ「沈黙の春」なのか。

 春のカボチャ、ズッキーニなどは、かつては野生バチが授粉してくれて農家は「自然に着果する」と信じて疑わなかったが、近年は人工授粉が必要になった。熟練のカボチャ栽培農家の「ハチがいなくなった」のつぶやきに、生物多様性の危機が現実になったと思わざるをえない。背筋が寒くなる。