有機農家を育てる(5) 技術指導者が足りない

 大学の農学系学部に有機農業に関連する講座や科目がいくつもあることは承知している。だが、現状の大学教育で農家が育つかどうかは疑問だ。有機農業に関わる大学教育は、土壌肥料や病害虫など技術系の狭い専門領域か、社会科学系の分野がほとんどだ。生産技術の実践力はおそらく育たないだろう。

 農家育成を目的にした学校としては、農業高校のほかに、道府県農業大学校(農林大学校、42校)と民間の農業専門学校(数校)がある。

 これらの学校で有機農業を正規の課程で教えているのは、私の知る限り次の3校だけである。愛農学園農業高等学校(三重県)、島根県立農林大学校(2年制有機農業専攻、2012年開講)、埼玉県農業大学校(1年制有機農業専攻、2015年開講)。このほかに、一般社会人を対象に有機農業あるいは「有機栽培」を指導する短期の「研修コース」や「講習会」程度のものは、大学校と民間の学校がいくつか実施しているが、その内容についてはいずれも心もとない。信頼に値する指導力をもっているのは、日本農業実践学園(茨城県)くらいのものだと思う。

 指導力を身に付けるには、こうした学校教育での教職経験がものをいう。実習農場でさまざまな作物を教員自らが栽培し、現場で学生指導しながら技術力を磨く機会があるからだ。ところが、実践的な有機農業教育を行う学校が数校しかないということは、公的な指導者が育つ機会がそれしかないということだ。

 

 2009年、私は鯉淵学園農業栄養専門学校に2年制の有機農業コースを開講した。正規の教育課程としては日本初である。2002年から実習圃場で有機JASの認証を得ていたし、2008年にはテキストも刊行した。こうした経緯があったから、その後、島根県立農大の有機農業専攻起ち上げに協力することができた。埼玉農大にも講師として協力できた。

 全国の農業改良普及員を対象にした農水省有機農業研修で、2011~2021年の11年間、講師を務めた。その際、受講者の普及員諸氏に毎回こう訴えた。「実践力ある有機農業指導者になるためには、有機農業技術に関する試験研究を担当するか、農業大学校有機専攻を作って教育指導にあたることです。できればその両方を経験できることが望ましい。自分で栽培できない人は指導者とはいえない。大学校に有機専攻を作るよう皆さんから声を上げてください」

普及員向けの有機農業研修を主催、2011年(農水省委託事業)

普及員を引率して有機農家を見学、農家のボカシ肥料切り返し作業

 

 だがその後も、40道府県の大学校に一つも有機専攻が誕生していない。おそらく、指導力ある教員を確保できないから専攻を作れないのだ。有機専攻を作れないなら今後も指導者は育たないだろう。土壌肥料や病害虫の専門家がどれだけたくさんいても、有機農業教育はできないのだ。このジレンマを早く解決しないと、有機農家30万人化など夢のまた夢である。