農業生産が直接的に関わる3つ目の環境問題が、窒素とリンの環境汚染である。人が投下した窒素とリンが、自然界で循環する量を大幅に超えたことで、主に水圏の生態系を損なってしまった。海洋の汚染は、気候変動による海水温の変動と合わせ、漁獲量の激減につながっている。
1960年から2000年までの40年間で、世界の人口は30億から60億へと倍増した。この間の穀物生産量も倍増して必要な食料をまかなってきた。これを可能にしたのが窒素化学肥料だったが、使用量は1000万トンから8000万トンに激増した。窒素成分量でみると、年haあたり9㎏から60㎏へと6.7倍に増加している。最も増加が著しいのがアジアで、5㎏から97㎏へと19倍に増えた。
「作物収量を倍化するのに、施肥量の倍化ではすまなかった」その理由を突き詰める必要がある。化成肥料の施肥設計(栽培作物ごとに必要成分量を計算する)では、大気中や地下水に発散・漏出する「ロス」を見込んで作物吸収量を超えた量の肥料を投入する。この施肥効率が、1960年の76%から2000年の24%に劇的に低下したのだ。
化成肥料の便利さに馴染んだ生産現場は堆肥投入を怠るようになり、あるいはトラクター耕耘と除草剤によって土壌中の有機物量が大きく減退した。土壌有機物(腐植)の減退は施肥成分の保持力低下を招いて、結果的に加速度的に化成肥料投入を増やすことになったのだ。
リンは少し経過が異なる。農地から直接の漏出に加えて農産食品中のリンが人の身体を経て下水中に排出される。窒素とリンの地下水、河川への流出が最終的に海洋へと流れ、その人為的な流出量は後戻りできない規模になった。投入量を増やせば収穫量も増えるだろうという、単純な工業生産的な発想が問題を深刻化させたのだ。可能な限り問題を修復する方法は、化成肥料からロスの少ない有機肥料への大転換と「施肥から土づくりへ」の意識改革である。
分かりやすい身近な問題がある。関東地方で一般的に使われていた浅井戸の多くが、1970年頃から飲用不可として使用を制限され、市町村単位で掘られた深井戸から配水される上水道に替わってきた。それまで金のかからなかった自家井戸水が使えなくなって、水道代を払わされるようになったのは、化成肥料の多投入のせいである。浅い地下水の富栄養化によって大腸菌などが増えて衛生上の問題となったのだ。
農業のやり方を間違えたことで、貴重な天然資源である清浄な水を失った。汚染地下水を浄化して再び清浄な水を取り戻したい。化成肥料をやめること、有機物による土づくり農業に転換することが必須の条件である。
作物別の無機態窒素供給量、窒素吸収量、余剰窒素量 | |||
作物 | 無機態窒素供給量 | 窒素吸収量 | 余剰窒素量 |
kg/10a | kg/10a | kg/10a | |
セルリー | 95.8 | 22.6 | 73.2 |
ナス | 64.3 | 16.0 | 48.3 |
チャ | 62.8 | 27.8 | 35.0 |
トマト | 32.1 | 10.1 | 22.0 |
ホウレンソウ | 22.0 | 6.3 | 15.7 |
ハクサイ | 31.5 | 13.0 | 18.5 |
キャベツ | 33.8 | 21.7 | 12.1 |
タマネギ | 24.8 | 9.3 | 15.5 |
スイカ | 16.1 | 7.2 | 8.9 |
ジャガイモ | 15.6 | 7.4 | 8.2 |
ダイコン | 13.3 | 9.4 | 3.9 |
水稲 | 9.0 | 9.6 | ー 0.6 |
引用:前田守弘「硝酸態窒素による地下水汚染と肥培管理」(圃場と土壌、2004.7) |