徒然に(6) 糞考(その一、糞食)

 20年ほど前に買っておきながら読まずにいた本が、“積読(つんどく)” の山の下から出てきた。読み始めたらなんともおもしろい。中公新書『ふしぎの博物誌』2003。編著者河合雅雄さんの冒頭の1編「究極のリサイクル---糞食」にまず食いついてしまった。

  「糞は排泄物のなかでは不潔なものの代表とされている。最近は潔癖症候群を示す人が多く、うんこが手についたというだけでバイキンだらけと震え上がるが、古来から糞尿は人間生活を支える重要な物質だった。化学肥料が出回る前までは、人糞尿は作物の肥料として不可欠のものだった」

 たしかに、わが生家でも昭和30~35年ころまで大小便はくみ取って使っていた。しかし、寄生虫駆除のためにと農業改良普及員の指導があって、全国一斉に人糞尿の農業利用は止められた歴史がある。

 河合雅雄さん(元京都大学霊長類研究所長)の話に興味を覚えたのは、そのことではない。糞を食べて栄養摂取する動物の話がおもしろいのだ。

  「ウサギ類は、反芻獣とはまったく別のセルロース分解法を工夫した。…… 糞食という特殊な消化システムを進化させた。ウサギ類の糞は、二種類ある。一つは固くてコロコロした黒大豆のような糞である。…… もう一つの糞は、粘液糞あるいは軟便とか盲腸糞と呼ばれるものだ。…… ウサギは座った姿勢で肛門に直接口を当て、噛まずにそれを飲み込んでしまう」この軟便は、豊富なビタミンB群を含む “高タンパク食料” なのだそうだ。天敵に襲われると穴の中に逃げ込み、時には一週間も隠れている。糞食は、いつも用意している非常食だという。

 わが家は4年前から居間でペットのミニウサギを一羽飼っている。藁の巣の中で頭をお腹の下に突っ込んでいる姿をよく目にするが、これが糞食なのだ。ウサギの盲腸と虫垂に共生している細菌が、餌に与えた “チモシー藁” のセルロースを分解して増殖し、高タンパク細菌が満ちた糞をもう一度口から胃に戻して効果的に栄養としている。その仕組みに驚かずにはいられない。

 子どもの頃、生家でも一時ウサギを飼っていた。繁殖させ、肥育して自家用肉とし、毛皮は現金になった。鶏とウサギの飼育は子どもも分担したが、年に何度か食卓に上る “肉” が楽しみだった。新潟から兄一家が訪ねて来てくれた時、わが家のミニウサギを見て96歳の母が「昔はこれを食ったっけなあ」とつぶやいて、皆で大笑いした。

毎日のように糞食しているが、その糞が人の目に触れることはない


 糞食がウサギの肉につながったかと思うと、奇妙な感慨を覚える。今やペットには名前を付けてしまった。食せるものではない。