有機農家を育てる(9) エッセンシャル・ワーク(その二)

 2013年から7年間、私は島根県有機農業アドバイザーを委嘱され、当初の4年間は毎年4回島根県を訪れた。農業技術センターで行われるワーキング(有機農業に関わる技術研究者と普及担当者の情報交換会)に出席して助言する役と、さらに県内各地を有機担当普及員と巡って現場指導する仕事だった。

 島根県には、特異的な農業振興策があった。その一つに「産業農業とくらし農業」という区分認識があり、その両者をともに振興対象にしていた。全国的には「もうかる農業」などといって、島根県のいう産業農業だけを支援する制度設計になっている。ところが島根県は、小規模農家、兼業農家も地域農業の重要な役割を担っていると評価して支援対象にしているのである。

 半農半Xという表現がある。従来型の兼業農家とは少し異なり、主に移住者で「農業のかたわら副業も」あるいは「本業を持ちながら農業も」という新しいスタイルの農家のことをいう。島根県内の多くの市町村は、半農半Xの人々にも住宅提供などの手厚い支援を行い、県もそうした農家への指導を怠らない。

 くらし農業、半農半Xを大事にするなど、元からの地域住民の力、さらに他所からの移住者の力も大いに頼りにして、ともに豊かになろうとするものである。これは、経済至上ではなく「人が地域を支える」のであって、地域の基盤をなす農は「人なくしてはできない」という考え方だ。

 農はまさにエッセンシャル・ワークであるとして、エッセンシャル・ワーカーである農民を大事にする思想だと理解した。

 島根県は、16の県立高校が「意思ある留学生」を全国から募集しているほか、隠岐の島の海士町知夫村西ノ島町などで小中学生の留学を受け入れ、「大人の島留学」も進めている。有機農業アドバイザーとして隠岐の島を訪問する機会があった。引率してくれた若い有機担当県職員が、知夫村の留学中学生をお世話している人や、他県からの移住者で半農半Xに取り組む若者にも引き合わせてくれた。そして、留学生や移住者と相和してともに地域を盛り上げていこうとする住民たちの、穏やかでかつ希望を感じさせる笑顔が印象的だった。

 42道府県にある農業大学校 (農林大学校) の中で、他に先駆けて「有機農業専攻」を最初に設置したのが島根県である。2010年に島根県有機農業グループ長がわざわざ私を訪ねて来て「有機農業専攻」設置に協力を求められたのがご縁の始まりだった。2012年に開講したこの有機農業専攻に関わることができたのは光栄であり、人づくりに前向きな県農政の方針を肌で感じて嬉しかったものだ。

 日本の未来は、人に投資する地域づくりに最大の期待がかかる。必要不可欠な仕事を担う人を大事にする社会であれかしと、それを願うばかりだ。

島根県有機農業振興の現場
試験研究、普及指導、農林大学校教育と、
包括的な有機農業振興に取り組む有機先進県である。