今後の日本農業の発展、いや存続のために欠かせない条件がある。それは、有機農業スペシャリスト、有機農業コーディネーターの存在である。
私は2011年から10年間、農水省が行う全国の農業改良普及指導員を対象とした「有機農業研修」の講師を務めてきた。それ以前から都府県各地の普及指導員と接触する機会が多々あり、そのたびに切歯扼腕してきた。大げさなようだが、日本の農業衰退の原因の一つを見る思いだった。
何が残念だったか。現場指導のスペシャリストであるべき普及指導員の篤農技術の無知にだ。全員がそうだとは言わない。経験豊かで知識豊富なベテランもいるが極めて少なく、そうしたベテランは減る一方だ。自分で作物栽培できない指導者ばかりになりつつある。有機農業となると、尚のこと知識を持たない。
普及指導員の研修会に有機農法の一覧表を示し、多様性と技術的可能性を語り、道府県立農業大学校に有機専攻設置を呼びかけ、そこで教鞭をとって有機スペシャリストになってくれと訴えた。各地で頼まれた講演にも普及指導員が同席することが多かったから、この表を資料に載せて紹介し彼らの参考になってくれればと念願した。
有機農家はそれぞれ年中忙しくて、遠い地の異種の農法を見学する機会などなかなか持てない。それを仲介し、案内できる技術指導者がほとんどいないからだ。日本有機農業研究会など農民団体が学びの機会を持つことがあるが十分とはいえないし、広範な技術情報を持つ解説者がいないと見学の意義も十分には発揮されない。それぞれの農家が有する価値の高い技術を相互に学び、切磋琢磨してブラッシュアップする条件が、あまりにも拙劣なのだ。これが他国と異なる日本農業界の大きな弱点だ。
国は「みどり戦略」で有機農業の飛躍的拡大をめざすとしたが、そのための技術展開は新技術の研究と普及だと書き込んである。その外部資材依存の姿勢は従来路線のままで、根本的な問題である。すでに現場にたくさんある有用な農民技術の収集と検証、技術の昇華、普遍化に取り組もうとする姿勢に欠け、それを担うスペシャリストの育成については全く触れていない。研究者だけたくさんいてもダメなのだ。
農家間に各地の有用な技術情報を仲介し、スキルアップのための指導と支援を担う有機農業スペシャリスト、コーディネーターの存在なしに、有機農業の発展は望めないだろう。新規就農者育成の課題についても必要性は重なる。現場感覚に優れてこの一覧表を十分に理解し活用できる指導者が、全国に少なくとも2~300名 (各都道府県に5名以上) は必要だと私は思うのだが、そんな未来は来てくれるだろうか。