農と暮らしの技(6) 工芸作物

 25年ぶりに和室の畳表を取り替えた。新しい畳は青々としていい香りがする。若い職人さんが新しい畳表の生産者を教えてくれた。にこやかな壮年農家夫婦の写真と生産者情報が記されたカードを渡されて、今はこんなにていねいな対応をしてくれるのだと嬉しくもあり感心もした。熊本八代の農家がい草栽培から畳表の製造まで手掛ける上質な製品だとのことだった。

 農業が生産するのは食べ物だけではない。イ草が稲わらとともに畳に加工されるように、生活資材の原料となるさまざまな工芸作物の生産にも携っている。私たちは日々、そうした生活資材に接しながら、その出所をほとんど意識せずにくらしているが、時には思いを寄せてみたいものだ。

 どんなものがあるか(あるいは過去にどんなものがあったのだろうか)。

▶繊維料作物、紙料作物の棉(わた→綿布)、麻(→麻布)、い草(→畳表、ござ)、棕櫚(しゅろ→シュロ縄)、楮(こうぞ→和紙)、トロロアオイ(→和紙の糊料)、ホウキモロコシ(→箒)、桑(くわ→養蚕→絹布)など

▶油料、蝋(ロウ)料作物の菜種(なたね)、荏胡麻(えごま)、胡麻(ごま)、オリーブ、椿(つばき)、櫨(はぜ→和ろうそく)など

▶樹脂料作物の漆(うるし→漆器)、ゴムなど

▶染料作物の藍(あい)、鬱金(うこん)、紅花(べにばな)など

・・・・このほか、食料作物に準ずる工芸作物が各種ある。

▶調味料作物のサトウキビ、甜菜(てんさい、ビート)、薄荷(はっか)、山葵(わさび)など

▶嗜好料作物のタバコ、チクル(→ガム)、茶、ホップ(→ビール苦みと香)、コーヒー、カカオ等

▶その他芳香油料作物(ハーブ類、バニラ、バラ等)、タンニン料作物(柿、栗)、薬料作物(薬用人参、芍薬、銀杏葉、黄連、大黄など)等々

 トロロアオイは野菜のオクラに近縁の作物である。この植物体の粘液(ネリ)が和紙や蕎麦などのつなぎに使われる。茨城県のある農村にトロロアオイの生産者が10名ほどいると聞いて現地を訪問したことがある。日本各地の和紙産地に供給しているが、みな高齢化して栽培を止めたがっているという。しかし後継者が不在で近い将来に産地は消滅するだろう、と農協の担当者は困惑していた。

 トロロアオイの生産が行き詰まれば、和紙の存続が危ぶまれる要因になるという。これはほんの一例である。その他の工芸作物も多くが衰退に向かっている。こうした農の衰えは、同時に伝統文化の危機と捉えるべきである。代替策は海外からの原料輸入だが、こうした安直な対策が人から技術を奪い、農村の機能性を損なってしまった。

 江戸時代後期、地方の各藩は財政悪化対策として養蚕用の桑、棉(綿花)、青苧(あおそ、カラムシ→布、縄、漁網)、漆(うるし)、櫨(はぜ→ロウソク)など工芸作物の栽培を農家に奨励した歴史がある。工芸作物の栽培と加工技術の発達が、農村の高機能性と農家の地位向上にささやかながら貢献したと考えられる。今、その歴史からあらためて学ぶべきことがあるのではないか。