自然共生の農と食を未来人の手に(1) 農の再生に向けて

これまで、日本の農と食の危機的状況、農にかかわる環境の諸問題について縷々述べてきた。その問題点をもう一度ここで確認し、その解決のためには何が必要かをあらためて整理してみたい。 その一。日本の食料自給率が38%にまで落ち込み、諸外国からの輸入に…

農と暮らしの技(5) 箱膳

幼少時の生家のくらしを思い出すと、その後60年余の日本農業と農村の激変がよく分かる。意識すべきは、農村変貌の行き着く先が未来人の生存を脅かすようであってはならない、ということ。「ほんのちょっと昔の農とくらし」を掘り起こす試みの真意は、その激…

徒然に(7) 老化、身体障がいのこと

近々古希を迎える。健康保険証も高齢者用に更新され窓口2割負担になるし、運転免許証更新のため昨年末に高齢者講習を受けてきた。老人扱いされるのは仕方がないと自覚するのは、この身体に否応なく老いを感じるからでもある。 その一つが聴力の低下である。…

有機農業とその技術(7) 有機農法の新展開のためには

今後の日本農業の発展、いや存続のために欠かせない条件がある。それは、有機農業スペシャリスト、有機農業コーディネーターの存在である。 私は2011年から10年間、農水省が行う全国の農業改良普及指導員を対象とした「有機農業研修」の講師を務めてきた。そ…

有機農業とその技術(6) 有機農法の多様性(その五、自然農法)

自然農、自然農法などと実践農家が自称するが、これらも有機農業の内にあり有機農法の一画をなしている。では何が違うのか。その手法にどのような特徴があるのか。 「自然農」は不耕起と無施肥が基本原則である。人が耕すことは自然の摂理に反し、自然を傷つ…

有機農業とその技術(6) 有機農法の多様性(その四、低投入持続的農業)

有機農業の別名は「低投入持続的農業」である。有機農業の「有機」は、さまざまな生命との調和と共生を意味し、農家が採る手法、農の生産とくらしの過程を表している。個々の農の現場を認識する際の表現といってもよい。有機農家は自らの農を「有機農業」と…

有機農業とその技術(6) 有機農法の多様性(その三)

量販型有機農法は「もうかる有機農業」モデルとして、指導行政が真っ先に言及する。国が目標とするスマート有機農業、マニュアル型有機農業に合致すると考えるからだろう。だが、この有機農法には、いくつかの重要な問題点が存在する。以下に列記してみよう…

有機農業とその技術(6) 有機農法の多様性(その二)

▶ 日本の有機農業には、歴史的に一本の太い背骨のようなものが通っている。この中心柱のような有機農業は、表の右から2番目である。家畜糞から近辺の草木由来有機物、家庭生ゴミなども有効に使う有機農法である。稲作と多品目畑作物の栽培のかたわら家畜飼育…

この国のかたち(12) 新聞紙面から

朝日6日朝刊から、いくつかを拾ってコメントしてみたい。 ▶ 能登地震の死者が94人になった。負傷者464人、行方不明者1人、連絡の取れない安否不明者222人。安否不明者については、氏名を公表すれば所在が分かる例が多いとあり、連絡を取れないことが不安を増…

有機農業とその技術(6) 有機農法の多様性(その一)

有機農業という言葉は、化学合成農薬や化成肥料を使わないで行う “農家経営のスタイル” を表しており、有機農業でありたいとする農家の考え方や暮らし方をも含んだ用語である。 対して、有機農業の技術技能、あるいは生産手法の側面だけをいう場合は「有機農…

小さな農と未来のことと …… 2024年に希望を(第100話)

年明け早々大震災のニュースに愕然としたが、その災害の全貌は未だ明らかにならない。4日現在、輪島、珠洲両市では行方不明者数すら分からず、多数の救援要請に応えられていないという。能登半島の突端にある珠洲市は家屋の9割が全壊またはほぼ全壊で、壊滅…

小さな農と未来のことと …… 年の瀬に(第99話)

このブログを6月に始めてから7カ月が過ぎた。まもなく古希の老農民が、「怒りと希望」という相反する情動を動機として書き綴ってきた。 文字にすることで、70年生きた私にどの程度の蓄積ができたか、を自分の指と目で確かめる狙いもあった。これまでの結果と…

この国のかたち(11) 危機が深化した年

2023年は憂うべき事柄の、異常に多い年となった。振り返ることが苦痛にも思えるが、きちんと記憶に残さないといけない。 ▶健康保険証が「2024年末に廃止」される。国民生活の混乱は増すばかり。マイナ保険証の11月の利用率はわずか4.33%。全国保険医団体連…

農と暮らしの技(4) 山の幸を知る、使う(その五「焚き物」のつづき)

ボヤ (柴) のほかに、太い丸太も橇で運び、早春の雪の上で鉞 (まさかり) で割って “にお” に積んだ。鉞の使い方も高学年になったころに自得したように思う。薪やボヤの “にお” の積み方も見て覚えた。両端2本ずつの柱木間に針金を渡してこの上に薪を積むと、…

農と暮らしの技(4) 山の幸を知る、使う(その五「焚き物」)

焚き物 (たきもの) などという言葉は、今や死語だろうか。地炉 (囲炉裏) で暖をとり鍋をかけ、竈 (かまど) で煮炊きし、風呂を薪で沸かしていたのは、そんなに遠い昔ではない。私の子ども時代は、田舎ではごく普通のくらし方だった。焚き物は、その時代まで…

環境問題と農業(4) 二季化への対応(その二)

農業における気候変動の緩和策については、このブログでその技術改変あるいは経営のあり方を縷々述べてきた。低投入持続的農業すなわち有機農業への農法転換が必須で、さらには不耕起栽培をベースとする環境再生型農業にコマを進めること。大規模法人経営は…

環境問題と農業(4) 二季化への対応

「今年の夏は暑かった」は毎年のように使われてきたフレーズだが、2023年は表現を変えなければならない。「今年の春、夏、秋は異常に熱かった」 今年の平均気温は、春、夏、秋と3季連続で統計開始以来の最高記録となり、平年を1.34℃も上回った (11月末時点)…

有機農家を育てる(9) エッセンシャル・ワーク(その二)

2013年から7年間、私は島根県に有機農業アドバイザーを委嘱され、当初の4年間は毎年4回島根県を訪れた。農業技術センターで行われるワーキング(有機農業に関わる技術研究者と普及担当者の情報交換会)に出席して助言する役と、さらに県内各地を有機担当普及…

有機農家を育てる(9) エッセンシャル・ワーク(その一)

新・農業人フェアというマッチングイベントに行ってきた。農業に関わる求人者と農業の世界で働きたい求職者との「出会いの場」である。求人側は、学生を募集する農学校、スタッフ募集の農業法人、研修者受入れ農家集団や市町村などである。求職者は、農業法…

農と暮らしの技(4) 山の幸を知る、使う(その四、川の生きもの)

山の動物のことを前述したが、獣肉や熊の胆など、直接的な恵みのことだけをもって “幸” と言ってはつまらない。狐狸妖怪などの民話を生み、人の思惑がやすやすとは及ばない自然の神秘性を知り、敬う心を育む存在。山野がもたらす恵みには文化的な要素がたく…

農と暮らしの技(4) 山の幸を知る、使う(その四、山の動物)

山の動物のことを思うとき、いつも少しの動揺を覚える。その理由は分かっている。小さいときに度々聞かされた狐や貉 (むじな) に化かされた話、山犬に追われた話などを思い出すからだ。小さな子どもたちが集まる場で、父はいつもそんな話をして面白がってい…

農と暮らしの技(4) 山の幸を知る、使う(その三、竹細工)

山野には、くらしに役立つさまざまな資源があり、農山村の人々はそれを使いこなす技 (わざ) をたくさん持っていた。 例えば、私の父は晩年に綴った手記の中でこう言っている。「昔の人は生活 (くらし) の中でワラと竹は生活の必需品。無くては暮せない大事な…

農と暮らしの技(4) 山の幸を知る、使う(その二)

山菜は、採ってきてすぐ食べられるものは少ない。調理の前にいくつかの調整作業、下処理が必要なのだ。ワラビは大概そのまま鍋に入れられるが、ゼンマイは展開前の葉が被っている “綿” を取り除く必要がある。ババ (女ゼンマイ) とジジ (男ゼンマイ) があり…

小さな農と未来のことと …… 怒りと希望

このブログを綴る、そもそもの動機は、怒りである。 この国のありように、いくつもの怒りを覚えるのだ。 なぜ、戦争準備のためにこれほど莫大な税金を使うのか。戦後78年、なぜ米軍のために大枚をはたいて基地を提供し続けるのか。沖縄の人々の気持ちを逆な…

農と暮らしの技(4) 山の幸を知る、使う(その一)

農の仕事とくらしは、山林原野とその資源、そのありようと地続きである。山からのさまざまな恩恵なくして農の文化、里のくらしは成り立たなかった。農とくらしにまつわる山の幸について考えてみたいと思う。 子どものころ、親や年長の子らに導かれて、さまざ…

有機農家を育てる(8) 家族農業のすすめ(その二)

家族農業は「労働力の過半を家族労働力でまかなう農林漁業」(国連の定義) のことで2ha未満が85%、小規模農林漁業ともいわれる。わが国の家族農業経営の規模もほぼ同程度。水田稲作専業農家や、北海道の家族経営畑作や酪農などはこれよりやや大きいが。 家族…

この国のかたち(10) 地球人を守る、未来人を守る

▶ ニューヨークの国連本部で開かれていた核兵器禁止条約第2回締約国会議が1日、閉幕した。2021年1月に発効した条約には、93カ国・地域が署名し、うち69カ国・地域が批准している。今回の会議には加盟している59カ国・地域が参加したほか、35カ国がオブザー…

有機農家を育てる(8) 家族農業のすすめ

昭和53年 (1978) 以来45年間、私のライフワークは「農家を育てる」だった。若いころはその自覚が希薄であちこちへと迷い、不見識がゆえの徒労もあったが、不惑の少し前あたりから目的意識は固まったように思う。 この間、私の身近で農を学びに足を運ぶ人々は…

有機農業とその技術(5) 技術展開(接ぎ木、その二)

“接ぎ木” は、元は建築用語だった。柱や梁を繋ぎ合わせる部分を接ぎ木といった。果樹栽培で土壌病害に強い同種または同属の台木に接ぐ技術が生まれ、その後は野菜や花木、サボテンなどに応用されるようになって、今に至っている。 接ぎ木のもっとも顕著な貢…

有機農業とその技術(5) 技術展開(接ぎ木、その一)

私は若いころ、果菜類の接ぎ木を研究課題にしていた。師匠の丸川慎三先生がウリ類の接ぎ木に使う台木カボチャの研究者だった。キュウリやトマトなど施設栽培で生じる土壌伝染性病害(連作障害)の対策として、当時は殺菌殺虫剤(毒ガス)の土壌処理か抵抗性…